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第1章- 解説 - 量子コンピューティング入門

私たちの世界は古典物理学に支配されています。そこでは、映画は上映中か一時停止中、コインは表か裏、猫は生きているか死んでいるか、のどちらかです。古典物理学とは、私たちが日常生活で体験していることです。投げたボールの軌道と速度から、ボールがどこに落ちるかを予測するのは簡単です。もちろん、狙ったところに落ちるとは限りませんが、いったん手から離れたボールがどこに向かうかは計算できます。例えば、力いっぱい投げて足元に落ちる可能性はゼロです。

しかし、素粒子など超ミクロの世界を支配する法則は、マクロなスケールで経験するものとは大きく異なります。ミクロの世界でボールを投げたときは、マクロのそれとは全く違うものになります。

素粒子の世界は量子物理学の領域で、結果が確率で支配されます1 。古典的な文脈ではありえないような結果が、突然可能になるのです。どんなに強く投げても、ボールが足元に落ちてしまう可能性があるのです。あなたとボールは電子のような素粒子であり、量子物理学の法則に支配されているのです。

量子物理学が奇妙で、ある意味、直感に反するのは、古典物理学では説明できない量子現象が存在することです。量子世界の粒子は2つ以上の状態を重ね合わせることができ、もつれ状態になることができ、その挙動には不確定性があるのです。私たちが古典的な世界で経験していることで、これらの性質に類似するものは何もないのです。

量子の持つ驚異的で直感に反する性質を利用することで、私たちが日常的に使っているデジタル機器、つまり「古典コンピュータ−」ではできないような方法で、計算を行うことができます。私たちはこれを「量子コンピューティング」と呼んでいます。

量子コンピューターは、自然界の基本法則を利用した計算システムであるため、古典的な計算機とは異なります。

そして、その違いは大きな可能性を秘めています。近い将来、量子コンピューターが理論どおり動作するようになれば、現在の最も強力なスーパーコンピューターでさえ解決できないような問題を解決できるようになるかもしれない、と考えられています。例えば、膨大な量のデータの処理、新薬や材料、化学プロセスを発見するための複雑な分子のシミュレーション、非常に大きな数の素因数分解などの問題などです。

完璧に動作する理想的な量子コンピューターが実現されるにはまだ道半ばであり、克服すべきハードウェアの課題が数多く存在します。しかし、ノイズありの中規模量子コンピューターは現在すでに存在し、一部はクラウドを通じて一般に公開されています。研究者や業界関係者は、近い将来に役立つアプリケーションを特定し、ハードウェアを進化させるために努力しています。

ここで重要なポイントとして特筆したいのは、量子コンピューターは古典的なコンピューターに取って代わるものではなく、計算可能な領域を広げることで補完するものであるということです。

量子コンピューターはテレビ番組を夢中で見るために必要ではありません。それは既存のデバイスで十分実現できているからです。量子コンピューターが必要なのは、古典的なコンピューターが得意でないことのためなのです。

この先の物語で描かれるのは、量子コンピューティングを実現するために重要な量子現象とその応用になります。

さあ、それではウィスカートンまで一緒に参りましょう。




第2章 - 物語 - シュレーディンガーの日

  1. 量子物理学は素粒子、ミクロの世界を支配していますが、マクロの世界でも量子的な現象はみられます。ただし、私たちが日常生活でそれらに遭遇するようなことはあまりありません。